伊能忠敬も泊まった、創業300年の宿。

私たちが2日間お世話になった越後屋は、じつは約300年続いてきた老舗旅館だ。
かつては北前船の風待ち湊として栄華を誇った深浦町。

「店のすぐ前が海で、船の往来が絶えなかったという話が伝わっています。 2度の大火と海岸の埋め立てによって、この建物もまわりも往時とは随分変わりましたが、系譜ははっきりと残っています」 と語る女将の藤田良子さん。
初代は、近江で代々神主を継ぐ家の次男、藤田庄右エ門。
当初は出身地にちなみ近江屋という屋号で回船問屋と船宿を営み、繁栄の礎を築いたという。

300年の歴史をひもとけば、江戸時代中期の測量家伊能忠敬をはじめ、北前船の高田屋嘉兵衛兄弟、 江戸時代後期の旅行家菅江真澄らが投宿したなど華やかな由緒には事欠かない。
旅館の裏山に建つ私的な天神社が、越後屋の由来と当時の隆盛ぶりを静かに物語っていた。

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NOTES

北前船

深浦町は、上方と蝦夷地を結ぶ要津として明治時代中期まで、北前船交易で賑わいました。...続きを読む

伊能忠敬

江戸時代の商人・測量家。幕府はの命を受け、日本全国の測量を行い作図を行った。伊能忠敬・間宮林蔵の測量により作られた『大日本沿海輿地全図』は江戸時代の終わりまで国家機密とされた。

高田屋嘉兵衛

江戸時代後期の廻船業者、海商。蝦夷地・択捉への航路を開き、ロシアとの交渉なども行った。

菅江真澄

江戸時代後期の旅行家、博物学者。信州〜東北〜北海道を旅し、200冊以上の著作を残した。